動物看護士・トリマー執筆
執筆者:山之内さゆり先生
動物看護士・トリマー
近年、日本でも動物福祉という言葉を聞く機会が増えてきたように思います。
しかし、実際は動物福祉と言われてもいまいちピンとこないのも事実です。
動物福祉の本質を知ると、何が愛犬にとってプラスになるのかを自分で考えて判断できるようになります。
動物福祉向上のひとつの手段としてドッグトレーニングがあるのはご存知でしょうか。
ここでは、動物福祉とドッグトレーニング、そしてそこにつながるストレスとの関係についてお話していきます。
動物愛護という言葉なら、恐らく子供の頃から見聞きしたことがあるのではないでしょうか。
特に小学校などでは動物とのふれあいや道徳の一環として、動物愛護について学んだことがあると思います。
しかし、その動物種の幸福について考えるのであれば、動物愛護ではなく動物福祉の観点から考えなければなりません。
では、動物福祉と動物愛護はいったいなにが違うのかを見ていきましょう。
動物愛護はその動物に対して、人間がどう感じるかという人間主体のものです。
例えば、洋服を着用している犬がいたときに「かわいい」「嬉しそう」といった感想が出てくる人も少なくないですが、それはあくまでもその人主体の気持ちであって、犬は洋服を着せられることにどう感じているかは考えられていません。
また、猫を動物病院に連れて行くときに「狭いケージに入れて連れて行くなんて可哀想」と思われる人もいますが、猫の習性を考えた対応であることを知っていれば、可哀想という考えは出てこないのです。
このように、かわいい・嬉しそう・可哀想といった人間主体の気持ちで考えられるのが、動物愛護です。
そこはその種の動物にとってどうなのか?という視点と評価はありません。
動物福祉は動物愛護が人間主体の気持ちなのに対し、その動物種にとってどうなのか?を科学的に測定・評価することができる、国際的に認められた科学であり学問です。
そして動物福祉の定義として『動物福祉とは肉体的・精神的に十分に健康であり・幸福であり・環境にも調和していること』とあり、特に精神的な面を重要視しています。
犬をかわいいから・慈しみたいからと迎える人は多いですし、犬を愛でたいという気持ちは決して悪いものではありません。
しかし、動物福祉はその動物が苦痛を受けることなく生活ができるようにすることが重要であり、苦痛とは不安・恐怖・痛み・極度の疲労・欲求不満といった、ネガティブな状態を指します。
そしてこうした苦痛はさまざまな行動によって現れるので、それをよく観察し見逃さないようにしなければなりません。
例えば、洋服を着用している犬を見たときに、洋服を着用するということがその犬にとって不快なのか快適なのかをボディランゲージを読むことで推測できます。
ボディランゲージは犬や猫の言葉で、その子の精神面である気持ちを理解するためにボディランゲージを読むというのは、非常に重要なポイントです。
例えば、先の例であげた洋服を着用した犬について考えてみます。
よく画像や動画などで見かける犬は、目を細めて顔をカメラからそむけていたり、尻尾を下げ眉間にシワを寄せてどこか困ったような表情をしています。
ときには舌を大きく出してハァハァとパンティングという行動をしている様子もあったり、洋服を着せてから動こうとしないといったことも少なくありません。
これらのサインからわかることは、犬は今の状況に対してネガティブな精神状態であるということと、決して動物福祉の観点から良い状態とは言えないということです。
このように、目・耳・眉・口・舌・体の向きや動き・筋肉の緊張の有無・尻尾の動きや位置など、多くのボディサインから犬の気持ちを読み解き理解へと近づくことができます。
つまり、ボディランゲージを読むことができれば、犬のネガティブな状態を改善するためにどうすればいいかを考えることができ、動物福祉向上のために行動できるのです。
動物福祉の低下は、免疫機能や皮膚・被毛のコンディションの悪化や脱毛などを引き起こしQOLも低下しているということを意味します。
精神的な苦痛は犬にとってネガティブなストレスになり、それは犬の免疫や皮膚・被毛のコンディションにも影響を与えてしまうのです。
例えば基礎疾患で免疫が低下しやすい状態にあるとき、それによって皮膚の常在菌が異常増殖しマラセチア皮膚炎や膿皮症を引き起こすこともあります。
また、過度なストレスから手足を舐めたり、被毛をむしったり尻尾を噛むなどといった、痒み症状のような行動を示すことも少なくありません。
それによって脱毛や傷口から感染し炎症を起こすことは、精神的苦痛から肉体的苦痛に変わってしまいます。
薬や薬浴で肉体的な苦痛から解放する手助けはできますが、精神的な苦痛を抱えたままでは根本的ケアにはなりません。
精神的なケアを行なうためには、日常的に過度なストレスを与えずポジティブな経験の積み重ねをすることも重要ですし、もしすでに負担を抱えているのであれば、行動学専門の動物病院で診察してもらうことも必要です。
精神的なケアは、日頃から犬がポジティブな経験ができるように、環境を工夫することが大切です。
犬が過度なストレスを受けないよう生活環境を整えるのはもちろん、散歩も犬が嗅覚・視覚・聴覚を使って楽しんでもらうようにしましょう。
また、室内でも退屈しないような工夫をすることも、ぜひおすすめします。
その工夫のための手段として、ドッグトレーニングがあります。
ドッグトレーニングと言うと、恐らく多くの人は特別な競技に出る犬のための訓練や、特別なしつけが必要な犬にするもの、といったイメージを持っているかも知れません。
ですがドッグトレーニングとは何か特別なものではなく、犬の動物福祉の向上を目的とした手段の一つなのです。
例えば、愛犬が来客に吠えるという反応を示す場合、テリトリーへの侵入者に対する警戒と危険回避のための行動であることが多いです。
これ自体はいたって正常な反応ですが、過度な反応は犬も人も負担になりかねないことは事実です。
過度な反応はネガティブなストレスにもなるため、それを回避するためにトレーニングを推奨します。
ただし、先述したようにトレーニングは特別な犬に特別なことをするというものではありません。
この場合は、犬が過度に反応しなくて済むように来客が見えないよう窓に目隠しをしたり、コングのような知育トイやフードなど食べ物を使うなどして、来客に反応する必要がない環境を作ることで解決することが多いです。
それを繰り返すうちに、来客は警戒ではなくポジティブな合図として犬が認識するようになり、いつの間にか吠えなくなったり限りなく少なくなるという変化が現れます。
<しつけ・知育おもちゃ一例:コング>
また、ドッグトレーニングは問題に対処するだけではありません。
嗅覚を使った活動をノーズワークというのですが、フードを隠して探しながら食べてもらうことで、嗅覚だけでなく知能も刺激することができ、犬は心地よい満足感を得ることができます。
タオルや紙にフードを隠して提供したり、ノーズワークマットなどを購入してもいいですね。
<ノーズワークトイ>
また、普段何気なく行なっているおすわりやふせなどのような、トリックと言われるものに取り組むのもいいでしょう。
なお、トリックに取り組む際には、フードなど犬にとって嬉しい報酬を必ず提供するようにしてください。
犬は嬉しい報酬を得るためにはどうしたらいいのか?それを考えながら行動するため、それがいい脳トレとなり満足感を得られます。
このように、ドッグトレーニングは犬が楽しみや満足感を得るためのゲームであり、同時に飼い主さんも一緒に楽しめる取り組みなのです。
こうした取り組みは犬のネガティブなストレスの軽減や予防にも役立ち、結果として問題行動と言われる行動を出さずに済むようにもなります。
動物福祉では苦痛を与えずプラスの経験を与えて精神的にも満たしていくことも重要視されていますが、まさにドッグトレーニングはそれを可能にする取り組みだと言えます。
しかし、ドッグトレーニングをプロに相談する際に気をつけてほしい点として、以下の2点に注意してください。
・動物福祉を学んでいる
・ドッグトレーニングを動物福祉の向上を目的として学んでいる
ドッグトレーニングを提案できるプロといえばドッグトレーナーですが、ドッグトレーナーもさまざまな系統のプロが存在します。
特に現代に多いのは、アメとムチを使い分けることが大切と考える人たちですが、この思想はおすすめできません。
先述したように、ドッグトレーニングは動物福祉の向上を目的とした手段のひとつであり、決して犬を従わせてコントロールすることは目的ではないからです。
動物福祉の向上を目的とするのであれば、QOLや福祉の低下を招くような行為であるムチは推奨しませんし、それを学んでいるプロであればやってはいけない行為だと理解しています。
愛犬の皮膚・被毛のコンディションを整えたい、免疫機能を正常に働かせ向上させたい、できるだけ長く健やかにイキイキと過ごしてほしい、と考えるのであれば、動物福祉に反する行いはすべきではありません。
ぜひ、愛犬の健やかな毎日のために、楽しいドッグトレーニングと動物福祉の向上を目指した取り組みをしてみてください。
山之内さゆり先生
トリマー、動物看護士
約10年間動物病院でトリマー兼動物看護士として勤務。
現場で得た知識と経験を情報として発信し、飼い主さんとペットが幸せに暮らせるためのお手伝いをしていきたいと思います。
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